私流研鑽法、
   積み立て式留学

現代ギター7月号(No.463 July 2003)リレー・エッセイ掲載 
 ある一定の期間、外国に留まって勉強することを留学といいます。その期間は1年であったり、人によっては大変長く、なんと10年ということもあるようです。自分が学びたいことに時間を惜しみなく費やし、余計なことに煩わされることなく勉学に没頭できる。かつ、その国の文化や風俗を実体験を通して認識できる素晴らしい機会です。私もこのような目的のはっきりとした外国生活を送ってみたい、いつか必ず実現させて、ついでに外国語を少しでもモノにしたいものだ、と機会をねらっておりました。
                      
 熱望していたのはここ2、3年の話です。私は大学で音楽以外のことを専攻しておりましたので、自分に適した「音楽を専門に勉強する方法」について考えました。大学卒業後、留学してみたい、あるいはしたほうが良い、ということは当然頭にありましたし、周りにそう勧めてくださる方もいらっしゃいました。が、実際に腰を上げるまでには至りませんでした。それほど強く必要性を感じていなかったということです。日本にいて勉強するべきことがまだ山ほどあるじゃないか、という気持の方が先に立ったのです。今思えば、その時留学していれば、その年齢だからこそ吸収できたこと、というものもあったのでしょうけれど。結局、その後5年間は仙人のようにほとんど北海道から出ることもなく、音楽の専門家のもとで勉強しました。
                     
 3年前に自分の意識がはっきりと変化した時期があり、もっといろんな所に行って知らない世界を覗いてみたくなりました。ギタリストの友人の勧めもあって最初にオランダに行ったのがきっかけで、それ以来、多くの外国人の演奏や指導に触れるようになりました。しかし、主宰しているギター教室を機能させながら海外に行くとなると、そう長い期間札幌を留守にするわけにはいきません。初めは申しわけない感じで1週間とか2週間だったのが、ジワジワーっと少しづつ期間が長くなっていき、生徒さんたちに「先生はこうやってたまぁに外国に行くんだな」という風に「いなくなるのは毎年のこと」と理解してもらって(実は作戦だった?)、そうしてついに昨年11月には、滞在期間2ヶ月のスペイン短期留学を実現しました。旅立つ前に宿題をたくさん指示していたら「ずいぶんたくさんですね。たった2週間なのに・・・・」と生徒さんが言いますので、「いえ、2ヶ月間なんです。」「えーっ!?そんなにですか!」ということもありました。しかし、留学という観点からすれば、「ほんの2ヶ月間」なのであります。ところが、ほんの2ヶ月間であっても自分の予想をはるかに越える収穫がありました。目的を3つ果たすために行きましたが、得たものは目的以上だったということです。 1つにはスペイン人の国民性を垣間見たことです。お部屋を借りての自炊生活でした。会話をする相手といえば、毎日買い物に行く市場のお姉さん、近所で親切にしてくださるスペイン人一家、隣の家のおばさん、レッスンを受けた先生、くらいなものですが、バスに乗れば運転手さんや同乗したお客さん、散歩していれば道ばたで世間話をしているおばさんたち、飲みに行けば飲み屋で踊っているおじさん、コンセルヴァトーリオに行けば学生たち、というように自分の行動範囲が広がればそれだけ多くのスペイン人と接する機会が転がっています。その結果、スペイン人の特性を多少なりとも知ることができました。

 ギターの勉強に関しては、誰に何を習いたいのかさえはっきりしていれば、たとえ滞在期間が短くても効果的に勉強できます。自分に必要なことをできるだけたくさん仕入れきて、日本に帰ってきてから時間をかけてそれを習得する、という方法です。こうして、「ちょっとだけ留学」を積み重ねていけば、相当勉強になります。貯金と同じで、まとまったお金が手に入ったら貯金しよう、などと考えていたらなかなかお金はたまりません。少しづつでもいいから、計画的に積み立てることが大事なのです。

 もうしばらく、この積み立て留学方式で研鑽を積む計画でいます。今年は7月から1ヶ月、イタリア・シエナのキジアーナ音楽院でオスカー・ギリア先生の指導を受けます。これは当初予定にはありませんでしたが、昨年(2002年)の静岡での講習会後、ギリア先生が「シエナで待ってるよ」と誘って下さったことで決心しました。どれほど有意義な時間が過ごせるか、今から楽しみでワクワクします。事前の準備も大切で、その量と質に応じて自分が吸収できる内容も決まっていくように思います。やっと作った大切な機会のために、できるだけたくさん準備をして行くよう、常に心がけてきました。自分の能力以上に自分を取り巻く環境の方が偉大なので、その場にいる、というだけでも、もちろん得る所は大きいのです。いつも、自分が想像もしなかった素晴らしいものに出会い、実際に行ってみなくては分からないこと、知らないことってたくさんあるんだ、と実感して帰ってきます。
                     
 ある歴史上有名な人物が、旅をして人が得るものについて、「人は持っている分だけ持って帰ってくるものだ」という言葉を残したそうです。この言葉は旅の帰途、機内雑誌で知りました。その言葉を反すうしてみて、「私はどれだけ持ってかえって来れたかなあ」と考えました。まだまだ、足りないような気持もあり、また頑張って勉強しよう、次回の「ちょっとだけ留学」の為に、と誓ったのであります。学生時代に留学を経験しなかった方には、このような積立て方式の留学をお勧めいたします。                
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