イタリア・シエナ
 キジアナ音楽院 夏期講習会

2003年7月〜8月

キジアナ音楽院への短期留学にあたって

 いよいよシエナへ出発だ。(シエナは人口6万人、フィレンツェの南西に位置する町)しかし、1ヶ月滞在するというのに4泊分しか予約出来なかった。イタリア語は一言も勉強していない。不安材料の固まりのような今回の短期留学。とほほ。いきあたりばったり、というのもスリルがあって楽しいもんだ、と言い聞かせよう。さらに、現地で待ち合わせている日本のギター界のプリンス君も一緒なので、困った時には助けてもらうつもりなのだ。いつになく人任せの旅。でも一人で気を張っているより、生活を楽しむ余裕があるかもしれない。

 シエナで何があるのかというと、キジアナ音楽院で開かれるサマーセミナーがあるのだ。ピアノ、ヴイオリン、チェロ、声楽、はもちろん、様々なコースが設けられており、ギター科の講師を務めるのはオスカー・ギリアである。ジョン・ウィリアムスもかつてこのセミナーでセゴビアに学び、私の現在の師匠である福田進一先生もフランス留学時代、夏になるとここでオスカー・ギリアの教えを受けていた。先日、イタリアで開かれたあるギターフェスティバルのサイトを見ていたら、イタリア人のゲストギタリストのプロフィールにもれなく「シエナでギリアに学んだ」とあるではないか。一体これまでどれほど多くの学生をギリア先生は教えてきたのだろう。先日、お友達になったウクライナのロマン・ヴィアゾフスキー君もかつてシエナで学んだと言っていた。

 昨年、静岡でのオスカー・ギリアの講習会の後、マエストロ・ギリアが「サッポロガールは国際コンクールを受けたことはあるのか?」と、福田進一先生にお尋ねになったと聞いた。私がこれまであまり外に出ていったことがないのを知ると、あちこちのコンクールやら講習会やら勧めて下さった。さらに、シエナに誘って下さり、今夏ついにイタリアへ向かうことになったのだ。昨年も勉強に行った日本のプリンス君の話によれば、初日に審査があって受講希望者が先生の前で演奏をするそうだ。例年40名ほど集まり、最大で15人選ばれる。

 夏のトスカーナ地方に対する憧れはヨーロッパの人々の間でも大きいようで、沢山の観光客が訪れるらしい。宿泊の予約がなかなか難しい。1ヶ月となると滞在費もかさむ為、長期滞在型のアパートやレジデンスを探すのが一番。それをあちらに着いてから2日間のうちに探さなければ住む所がない。おーい、本当に大丈夫なんでしょうね!そうしようって言ったのはプリンス君なんだから。テント持って行こうか、と相談したのも事実である。。。

 私が滞在場所を確保できるよう、どうぞ祈っていてください!

                                 2003年7月1日
シエナからの近況報告

Hi, everyone!!

 I found nice apartment near academy, where only girls stay. They study Italian here not a music.

 It's very hot in Siena. When I go to bed, the window has been left open every night, so I was bitten by a mosquito more than 30 times!!!

 24 students passed an adomission test, I did also. They have good technique and are nice level in the meaning that they can play on a demand of maestro Ghiglia. Some of them can play in the final concert of the guitar class in July 31th. I'm very happy that I can do also. 

 The student of academy can listen to nice concert almost every night for free!!  I heard symphony No.7 of Beethoven last night.

 Maestro Ghiglia is not only nice player still now, but also wonderful teacher. So... I'd like to come here next year!!!

 After I go back to Japan, I will report to you about a detail. 

See you again.

ALL THE BEST,

                                Sachiko Miyashita
                                2003/7/29

シエナ・レポート
              
  ローマから列車を乗り継いで約4時間、やっとたどり着いたシエナの駅でタクシーを待つこと30分。「電話でタクシーを呼んだ方が良いの?」と近くにいたお兄さんに尋ねたところ、「待っていれば今にくるさ」。おお、ここはやっぱりイタリアなのだ。のんきに構えていなくちゃね。夕方なのに日ざしの強さはかなりのものだ。空気はスペイン程ではないけれど乾燥している。それにしても暑い。すでに汗だくだ。

 着いたその夜にオスカー・ギリアのリサイタルがあり、これを聞き逃すまい,とこの日にやって来たのだ。ヘヴィーなプログラムだったが、素晴らしい内容の演奏会であった。 ここでギリア先生と1年ぶりに再会。
 


(ギリアのコンサートのポスター)


 7月7日、朝から入学試験が始まった。38人集まり、そのうち24人を受け入れると発表された。アルファベット順で、私は午後4時からだったので一度レジデンスへ帰った。朝から異常に身体が重たいうえ、ちょっと歩いただけで息が苦しかった。何かおかしいな、と思っていたら昼頃から高熱が出た。さらに強烈な腹痛。脱水症状になりそうだ。ふらふらしながらも気力が大事、と言い聞かせて4時に学校へ。
 1曲弾いたらギリア先生が「モウ、ヒカナクテイイデス。カエッテ、ネルネ。ミンナガ、ベンキョウチュウ、ヤスムネェ、ソシテェ、ゲンキニナッタラ、ココヘクルネ(日本語)。」と、温かいお言葉をかけて下さった。
 翌日合格者がはり出され、私の名前もあった、と一緒に参加した日本のプリンス君(大萩康司君)が知らせてくれた。一安心。


  (キジアーナ音楽院の外観)


 1週間に一度、計4回レッスンを受けられた(幸運なことに私は5回だった)。それ以外の時間は聴講する。イタリア、スイス、フランス、フィンランド、アメリカ、韓国、ポーランド、ギリシャ、ロシア、日本、、、各国から集まった24人のうち半数余りが大変高いレベルだ。先生の要求に応える能力がある人達で、レッスンが終わる頃には演奏が大きく変化する。皆、優秀で、自分は最後のファイナルコンサートに選出されるかどうか心配な程だった。

(レッスンの様子)

 (レッスン室)
 私が見つけたアパートのオーナーはイタリア語しか話せないおばあさん、住人は女の子ばかりで、オーストラリア人、イタリア人、韓国人、そして偶然にも日本人が3人も。おそろしく狭い部屋だったが、なんとも居心地の良い住まいであった。



(私の暮らした部屋)



授業が終わると、夜は学生なら無料で聞くことができるコンサートへ行く。開演はいつも午後9時半、3時間以上もある演奏会はさすがに眠たかった。その後は、シエナ市民の憩いの場、「カンポ広場」へくり出す。ここは若者や旅行者などいつでも大勢の人が集まる語らいの場。ときには野外コンサートの会場にもなる。皆、飲み物かイタリアンジェラート片手に地べたに座る。

カンポ広場





野外コンサート

シエナが誇るデュオモ教会

コンサート


 ファイナルコンサートではギリア先生が選んだ10人が音楽院内のホールで演奏、私も選ばれて演奏することができた。先生が指定した曲を弾いた人もいれば、私のように「何を弾きたい?」と聞かれて自分で選ぶ人もいた。とりを務めたのはイタリア人のフラビオ君。この人はホントに魅力的な演奏をする人で、南の協奏曲をお兄さんのピアノ伴奏で完璧に弾いた。最後から2番目はロシアのアルチョン君、私はロシアの山下、と呼んでいたテクニシャン。でも、ただ指がまわるというだけではない演奏。私は後ろから3番目に演奏。こんな素晴らしい順で演奏できて本当に幸せだった。

(コンサート会場)

(ファイナルコンサートでの演奏)

 ファイナルコンサート後の打ち上げには、演奏者だけでなく多くのギター関係者も集り、楽しいひと時を過ごした。
来日間近のフラビオ・クッキの姿も見えますね。
ギター雑誌出版をてがけているイタリアのLENAさん(中)とギリシャのギタリスト、エレーナ・パパンドレオゥ(右)
ロシアの山下、アルチョン君(左)
最終日にギリア先生と  


 オスカー・ギリアは偉大な教師だ。どの時代の作品に対しても確固とした演奏理念と柔軟な分析能力を持っており、彼の知識、創造性を惜しみなく生徒に注ぎ込む。その意欲、忍耐力、精神力は並外れて強力だ。私は以前にも増してこのマエストロを敬愛するようになった。そして私と同じ思いを抱いて各国からやってきた向上心あふれる学生達との出会いも、私にとって貴重なものとなった。

 私がシエナから携えてきたものを、自分の為にだけでなく、生徒たちにも惜しみなく伝えていくことが私の使命だと思うのだ。。。。。
                                      おわり

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