2001年4月23日〜4月27日、アムステルダムにおいて国際ギターフェスティバルが開催された。これは、若手実力者のゾーラン・ドゥキッチ、ローラ・ヤング、JuunVoorhoeveが中心となって開かれるもので、今年はディビット・ラッセル、パベル・シュタイドル、デュージャン・ボグダノビッチ、マルコ・ソシアス、アレックス・ガロベー、ケルン・ギター・トリオ(ゾーラン・ドゥキッチ、ローラ・ヤング、パブロ・マルケス)、ダルコ・ペトリニャックといった、豪華な顔ぶれにより、マスタークラス、レクチャー、コンサートなどが連日行われた。会場となったロード・ホードは、ケイゼルス運河沿いにあり、ロケーションも最高であった。
〔マスタークラス〕
全日程分の参加料を支払うと3人の講師からレッスンを受講でき、筆者はマルケス、ラッセル、ボグダノビッチのレッスンを受けた。印象に残ったマスタークラスについてのみお伝えする。
マルケスは見たところ優しそうなお兄さんだが、要求が大変厳しい。和音の方向性や肉声のバランスが少しでも彼のイメージと違うと演奏を中断させ、受講生に歌わせたり、自ら模範を示しながら理解させていた。
ラッセルは講師の中で最も人気があり、一番大きな教室に大勢の聴講生が詰めかけていた。彼は毎朝、基礎練習に関するワークショップを担当していたので、マスタークラスでテクニックに関する助言はなかった。理論的な裏付けのある適切な助言、てきぱきと無駄のない内容、彼の要求どおりの音楽になるまで先へ進まない、妥協のない指導を受けることができ、大きな充実感を味わった。
「デイビット・ラッセルのマスタークラス」
ボグダノビッチは強い瞳が印象的だ。演奏後「ゾーランに習っているの?」と聞かれ、日本で勉強していることを告げたが、日本の演奏家のことはよく知らないようだった。彼の作品を持っていなかったので、C=テデスコの<ソナタ>をみてもらった。ボグダノビッチにレッスンを受けているという実感を得られたのはレッスン中のちょっとした会話に合間に<ソナタ>を素材に即興演奏してくれた時だった。この日なぜか聴講生は誰もおらず、まるでプライベートレッスンのようだった。の筆者だけがこれを聞くことができた。
シュタイドルのクラスは笑いが絶えない。とにかくおもしろい人なのだ。テクニックに関しては、どのレベルの受講生に対しても右手の指の返しを早くすることを強調し、その練習方法をアドバイスしていた。音楽表現については、彼が歌いながら体全体を使って(顔も)アピールするものだから、受講生も思わず吹き出してしまっていた。
〔レクチャー〕
ドクターによる「右手の腱鞘炎の原因」、ヤングによる「つけ爪:いつ、なぜ、どのように使うか」、ボグダノビッチによる「ポリリズムについて」、ギタリストたちも学生に混ざり、熱心に耳を傾けていた。
〔コンサート〕
会場は300席ほどのギターに適した音響のよいホールで、地元オランダの聴衆で毎晩ほぼ満席だった。
初日はラッセルで昨年の来日公演とほぼ同じプログラム。期待どおりの美音と完璧なテクニックによる気品ある演奏で、1曲目のプロカ<ファンタジア>が終わった時点から、会場は割れるような拍手とブラボーの声に包まれ、聴衆の熱狂ぶりが伺えた。
ラッセルと並んで聴衆に興奮を呼び起こしたのはシュタイドル。ロジー<組曲ト長調>に始まり、メルツ、バッハ、パガニーニと19世紀ギターで演奏が続いた。なんてすごいオジサンなんだろう!とプログラムをみるとまだ40歳。最後に自作品を披露する(顔のパフォーマンス付き)と聴衆は爆笑。サービス精神旺盛なエンターティナーだ。こんなに質の高い演奏を聴くことができるなんて、オランダまでやって来た甲斐があったな、という想いを強めた一夜であった。
ガロベーは得意のデ・ラ・マーサで始まり、締めもやはりそれだった。アーノルド<ファンタジーOp.107>の評判が良かったようだ。終盤に爪の故障があり、アンコールは弱音で弾ける曲ということで<アデリータ>を演奏した。筆者の隣にいたソシアスが「次はラグリマだな」と周囲を笑わせていたが結局1曲で終わった。
ケルン・ギタートリオも会場を沸かせた。若くパワー溢れる名手3人が舞台に上がっただけで、なにかおもしろいことが始まるという期待でわくわくしてくる。ボグダノビッチが彼らのために書いた<Gemelitar>やアサドが編曲した<ジャンゴ・ラインハルトによる変奏曲>をおもしろく聴くことができた。
4日めはソシアスの登場。生演奏を聴くのを楽しみに、あえて日本でCDを聴かないでおいたが、いっぺんにファンになってしまった。ブローウェル作品がC=テデスコ<ソナタ>に変更されてスタートした。後半はすべてロドリーゴ作品で、彼の繊細な持ち味が最も表出していたといえる。
最終日のガラ・コンサートはJuunと地元の声楽家とのデュオで始まった。ボグダノビッチの<The
Agaya Crab>というおもしろい曲。続いてラッセルが彼の奥さんのギター伴奏とヤングのリコーダと共にヴァイオリンを弾いたり、ガロベーとソシアスがジョークたっぷりのデュオをしたり、シュタルドが弾き語りをしたり、とユーモアあふれるパフォーマンスに聴衆は大喜びだった。Wim
HoogewerfというギタリストがKee Arntzenという作曲家の作品を発表したが、演奏中の6弦をどんどん下げていく変わった作品で、奏者が糸巻きを回すたびに、聴衆は笑いをぐっとこらえる、という1場面もあった。一方真面目な演奏で光っていたのは、ドゥキッチのボグダノビッチ作品演奏。彼がステージに現れると学生達から歓声が上がった。ドゥキッチは指導者として学生にたいへん人気があり、彼を求めてオランダへ来ていた人も大勢いた。最後を飾ったのはアンサンブル・クラスのメンバーによるボグダノビッチ<写本XV323A>の演奏。3日で仕上げるのはたいへんむづかしいポリリズムの作品だったが、思い出に残る体験となった。
「マルコ・ソシアス(左)、デイビット・ラッセル(右)と」
日本からの参加者は筆者1人だったが、内容が充実しており、お勧めできるフェスティバルである。次回の開催時期など詳細を調べたい方は、http://www.guitarfestival.nlまで。
※本記事は、現代ギターNo.440に掲載されたものをそのまま載せております。
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