◆レコード芸術(2008年3月号)⇒特選盤 |
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早いもので演奏家生活も25年に及ぶという宮下祥子が「長年愛奏してきた作品を集めた」(自ら綴るライナー・ノーツより)というアルバム。日本を代表するプレイヤー=コンポーザー・ギタリストである藤井敬吾が、沖縄に伝わる天女伝説をもとに作曲した《羽衣伝説》、バリオスの《大聖堂》《最後のトレモロ》ほか、ヴィラ=ロボス、アルベニス、グラナドス、ソルなどの広く愛されている楽曲を揃え、締め括りには武満徹のビートルズを2曲。
すなわち、新鮮なレパートリーを提供してくれるディスクには属さないが、その代わり、耳になじんだ諸作品を、お義理ではなく、すっかり自分の内に取り込んだうえ真に共感を込めて表現するという、まことに聴いて嬉しい境地を示す名演譜が生まれている。《羽衣伝説》は、沖縄という風土の香りを伝える名曲であり、名演。若干のカットがあるがこれは作曲者の承認を得てのことだという。以下も、すでに記したとおり、作品に込められたものを感動と共に受け止め、それをごく自然に表現した演奏がつづくので、聴く者はただ素直に心を預けられる。すこぶる”人間的”な楽器ギターの、すこぶる人間的な演奏、とでも言えようか。ただし、そのありかたはどこまでも自然で作為がない。人間味が豊かと言っても、それはセンティメンタリティではなく、健やかな豊かさ、あたたかさなのである。得難い奏者と言わねばならない。
(Jiro Hamada::濱田滋郎) |
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かなり高度な演奏テクニックが必要な難曲をさりげなく、当たり前のように弾いているクラシックギターの独奏集。
ここまで完成度が高い音楽の演奏であれば、録音制作側はこのCDのように素直にそのまま正面から忠実に演奏音捉えるだけで十分だ。単調になりやすいアルバム構成も、充実した濃い内容で飽きさせない。息抜きのような2曲が最後に登場する。
(Kiyoshi Tokiwa:常盤清) |
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多くは特別な、あるいはあさやかなタイトル、テーマを持ってCDを創ってきた宮下祥子が、これはおそらく初めてのこころみ、いわゆる「名曲集」の登場である、たしかに種々の時代のそれぞれを集め、手ぎわよく、かつうまくまとめているが作曲年代による並べかたではない。ややBGM的ではあるが、ギタリストたるもの、否、他の器楽奏者であれ、ときにはこのような楽しみ方もあろうというものだ。
冒頭の《羽衣伝説(山入端博の旋律に基づく)》は、作曲者藤井敬吾による初演以来ほとんどとぎれなく演奏されてきた。かなり長大な作品だが、作者の巧みなアイディアによる短縮版がいくつかあるそうで、そんなところにもこの曲の人気ひそんでいるかも知れない。沖縄出身の「やまのは ひろし」氏の原曲によるが、変期調弦が生きて印象的なギター曲である。続くのはアグスティン・バリオスの《大聖堂》と《最後のトレモロ)。これらに関する解説は諸々語られており、さらにそれを重ねることもあるまい。ともにこのパリオスの代表作だ。ヴィラ=ロボスの、否、あらゆるギター曲のうち最も多く演奏される…と言われた《前奏曲》第1番の底力はいまもって健在だろう。アルベニス、グラ等ス。スペインのビアニスト作曲家が、ギター音楽史上にもでんと据わるのは微笑ましい図だ。ソルの変奏曲作品9はよく考えられた演奏で、あのセゴビアによる「SPレコードのための演奏」の呪縛から放たれたギターの「光」が嬉しい。
(Mitsuhiko Hamada:濱田三彦) |
◆現代ギター5月号 新譜案内 P46(2020年5月号) |
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練熟された表現力と安定感抜群な演奏を真っ向勝負で聴かせる愛奏曲集
宮下祥子の6枚目のアルバム。彼女の長年にわたる愛奏曲を集めたものということで、選曲に統一性はないが、アルバム・タイトルでもある藤井敬吾《羽衣伝説》、そして、バリオス《大聖堂》といったやや規模の大きい曲が目を引く。《羽衣伝説》は思い入れも深いのだろう、熱のこもった演奏が聴かれる(順序の変更や省略のある宮下版での演奏だが、違和感はなくコンパクトに上手く収まっている)。《大聖堂》も第3楽章コーダの駆け上がりは疾走感もあり見事。ヴィラ=ロボス、アルベニス、グラナドス、さらに武満徹編《ギターのための12の歌》より2曲と続くが、どれも長年弾き込まれてきた曲らしく、よくこなれた表現と安定感のある演奏を聴かせる。
全体を通して、演奏はたいへん明快であり、細部に渡ってクリアな発音で見通しがよい。おそらくシンプルなマイク配置による、残響感少なめのストレートな録音もその明快さの要因であろう。《大聖堂》第3楽章冒頭や《魔笛の主題による変奏曲》序奏の最後あたりなど一部のアーティキュレーションに個性的な表現も見られるが、おおむね奇をてらわない正攻法な表現であり、好感が持てる。ケレンのないまっすぐな演奏で、誰にでも安心してお薦めできるアルバムである。
(wn) |
◆音楽現代6月号 新譜案内 (2020年6月号 P112)⇒推薦版 |
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宮下は2002年、スペインのアンドレス・セゴビア国際ギターコンクールで日本人初の第2位入賞をし、内外で活躍中のギタリスト。当アルバムは、いわば彼女の「愛奏曲集」というかたち。
アルバムタイトルにもなった冒頭曲「羽衣伝説」は、沖縄出身の作曲家・山入端博(やまのはひろし)の旋律をもとに、ギタリスト・作曲家の藤井敬吾が作曲した作品で、優しく胸に沁みるハーモニクスから流れるリズムへと、沖縄音階と特殊奏法を駆使した優品。他の中南米・スペイン系の曲目でも、一音一音が心に刻まれるように、いかにも長く奏きこまれてきたというような、自信に満ちた、大胆で味わい深い歌心によって演奏され、強く惹きつけられる。最後の武満編曲作品も限りなく美しい。
(倉林靖) |